National Geographic이 본 한국과 일본의 100년
Shifting perspectives of Korea and Japan, 100years of National Geographic
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Abstract
ナショナルジオグラフィックが見た韓國と日本の100年 ナショナルジオグラフィックは1888年の創刊以來、100年以上に渡って韓國と日本を取材した雜誌である。本稿では、その資料的価値に注目し、創刊以來ナショナルジオグラフィックが韓國と日本についてどのような視線を抱いていたかを記事內容と記者の特徵を中心に分析する。以下にその分析結果を示す。 (1)1890年から1945年までの韓國への視線はオリエンタルリズム的要素が濃厚である。一方、日本への視線は日淸戰爭、日ロ戰爭など、日本の近代化が持つ侵略的性格が濃厚に現れた事件があったにも關わらず不思議なほど友好的である。このような視線の違いにはいくつかの要因がからんでいる。一つは、記者の背景の違い。もう一つは、鎖國から開港までに至る経緯の違いがある。韓國を取材した記者の多くは軍人や探檢家であったのに對し、日本の場合は、親日的な人物、さらには日本人によって記事が作成されたことによる。このような違いは、鎖國から開港にまで至る韓國と日本の歷史的違いもがある。韓國は西洋の開港要求に對し、戰鬪を起こしながら對抗した。一方、日本はペリー提督の要求にすなおに応じ、明治維新期を通じアメリカから多くの人物を招き、留學生を派遣させ、近代化に拍車をかけた。もちろんその近代化というものは'富國强兵'であり、眞の意味での近代化ではなかったにせよ、アメリカは日本の近代化への努力を高く評価し、日本の侵略可能性を否定してまで暖かい視線で日本を取材する。 (2)第二次世界大戰後、韓國と日本への視線は変化する。日本への信賴を裏切られたアメリカは、日本の近代化の持つ矛盾に目覺め、日本の野蛮的戰爭での行動と韓國植民地支配について猛烈な批判を浴びせる。一方、それまでオリエンタルリズムの典型的觀察對象でしかなかった韓國についての視線は一変し、優れた文化を持つ國となる。 (3)1960年代以降の韓國と日本への視線は、アメリカにおけるジャーナリズムの社會的問題への積極的參加という変化に伴い、経濟發展と共に成長に伴う歪みなど、社會問題への深度のある分析に視線が変わる。 以上の分析を通じて、初期の日本關連記事でも確認できるように、積極的人的交流の持つ外國の視線への影響力の强さが明らかになった。人的ネットワークを旣に持っていた日本は、自分の立場を强弁することができたのに對し、それを持っていなかった韓國は、他者の視線で觀察、解釋される存在にとどまざるをえなかった。
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