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「座頭狂言」考-琵琶法師と座頭狂言の接点及びその笑いの有り樣-

A Research on Zat?-Ky?gen- how its fun really went and the encounter of Biwa-H?shi and Zat?-Ky?gen -

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주제분류일본어와문학

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Abstract

本論文は座頭狂言において、狂言が特に座頭に注目したのはなぜであろうか、また「障害者を笑いものにする」ことをいかに解釈すべきかについての考察を目的にした。 座頭狂言の主人公である琵琶法師は、平安初期から中近世を通して活動した盲人芸能者である。彼らは「当道座」と称される座を結成し、一方では天皇․上皇を中心とする貴紳のもとに伺候すると同時に、他方では地方の大名․小名にも愛好され、なお、勧進のような寺院を中心とした公演活動も活発に行なった。 狂言において座頭がそれほど重用された動機、それは単に彼らの障害ぶりが笑いの素材として適当であったからだけではなく、彼らが芸能史のもっとも重要な担当者として活躍していたからである。つまり、彼らは寺社と宮廷、権門勢家の私邸など中世芸能の重要な場で猿楽者と頻繁に接触し、また猿楽は琵琶法師の芸を丹念に吸収した。それで、能は彼らの芸態を吸収し修羅物を作り出し、一方狂言は琵琶法師そのものを素材にし座頭狂言を作り上げたのである。 座頭狂言「川上」を通しては琵琶法師の芸から狂言の笑いがどのように生まれたかを推定、構築してみた。一方、座頭狂言の笑いの構図としては、晴眼者にだまされ、なぶられるのが一番多く使われるパターンであり、晴眼者になぶられない場合でも盲人の醜態を誇張し、徹底的に墜落させることによって笑いを誘う仕組となっている。 このように「座頭狂言」は盲人を笑いの対象にし、彼らの不具、それから引き起こされる失敗を思い切ってなぶり、哄笑してきた。それでは、このような座頭狂言の笑いをどのように解釈すべきか。狂言の盲人たちは主に琵琶法師である。彼らは衆人の前で自分の不具をさらけ出して生計の方便とし、また平曲をもって中世の一世代を風靡した芸能人であった。そして、芸能史上同じ時空間で存在していた猿楽は、彼らを素材にし、「座頭狂言」を作り上げたのである。座頭狂言、それには笑いがあり、それは世の中のもっとも笑いがたき人生を歩んだ弱者たちの笑いであった。しかし、それは必ずしも自虐とか自嘲という類のものではないと思われる。時にはわずかな利益のために争い、時にはだまされ苦難におちいるが、すぐ立ちなおり歩いていく、それら根強い弱者たちの笑いを狂言は見事に描いた。従って「座頭狂言」から我々がみるべきことは自分の立場を積極的に活用することによって自分の不具を超克し、生きぬいてきた「たくましい」盲人芸能者の姿ではないかと考えられる。

참고문헌 (4)

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