韓國 面劇と狂言に登場する僧の原型をさぐる- 韓·日芸能史のなかの芸能僧と僧形芸能者 -
The archetype of the priest who appears for the Korean mask paly and Kyogen
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Abstract
本論文は、韓国と日本における仏教と芸能の関わりから芸能僧及び僧形芸能者が生まれた事情を検討し、それが仮面劇と狂言にどのように投影されているかについて考察したものである。このような比較考察を通して、韓・日両国における芸能と仏教の関わりの様子や特徴を浮彫りにし、さらにまた、仮面劇と狂言の劇的特性をより鮮明にしようとした。 韓国と日本はともに華やかな仏教文化を咲かせ、それが各種の芸能に与えた影響も甚だ大きかった。そしてなお、仏教自らが芸能化し、寺院芸能に携わった芸能僧や民間芸能の底辺をなした僧形芸能者が大いに出現した。 しかし、韓国の仏教は政治環境の変化によって大きな屈折を強いられるようになった。すなわち、朝鮮王朝の抑仏政策より寺院に所属した多くの人々が還俗を強制され、彼らの多くは市井の乞食に転落していった。このなかには、梵唄や念仏、法鼓、ドラなどに長じた歌舞才僧たちも含まれていたが、彼らは自然に自分たちと立場が似ている才人広大や巫堂たちと交友しつつ、集団化していった。このように仏教儀礼で活動した芸能僧たちは民間に流れ込んで、賎民芸能人化していった。仮面劇「僧科場」に登場する僧侶たちのもつ相反対の性格、 すなわち、儀式舞を舞う宗教的な面貌と市井で戯れる破戒僧の姿は、韓国仏教の僧侶たちが負わなければならなかった試練の歴史を反映していると思われる。 即ち、流浪芸能者としての自由さ、そして自分たちを追い出した体制と宗教への反感が乱れに乱れた僧侶像を作り出したのであろう。 それに比べて、日本の仏教は比較的安定した政治的、社会的な環境におかれていたといえよう。日本の仏教は絶えず大衆との接触を模索し、様々な芸能をその手段として動員した。また、芸能からみても仏教という宗教の名を借りることによって、より多くの観衆を集めることができた。そのような仕組みのなかで多くの芸能僧または僧形芸能者たちが出現したが、狂言に出てくる「地蔵坊」 や、僧形芸能者、鉢たたきを通してそのような日本仏教と芸能の在り方を確認した。
참고문헌 (6)
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