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松尾芭蕉の作品における 「無常」

The mutable view of Basho's

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주제분류일본어와문학

초록

Abstract

元祿の3文豪と言われている俳聖松尾芭蕉は、旅に生き旅に死んだ放浪者である。芭蕉には、『野ざらし紀行』『鹿島紀行』『笈の小文』『奧の細道』の四つの紀行日記が殘されており、『誹諧七部集』や、芭蕉一門の人に送った書簡の中にも數々の句が存する。したがって、本論文では、芭蕉の紀行の中に見える「無常」を整理してみた。まず、芭蕉の作品として『野ざらし紀行』を、それから芭蕉の誹諧として『芭蕉七部集』のうち、『冬の日』と『猿蓑』を考察し、芭蕉の無常觀はどういうものかを明らかにした。 芭蕉の無常を考察するに際して、まず、作品の中に無常が感じられる句を抽出し、各句に用いられた言葉を中心に八代集の和歌から用例を取り、その意味を探った。そのうえで、芭蕉の句が成立した背景を紀行日記と比べて意味を固定させた。 本論の構成は、まず、『野ざらし紀行』の中に見える芭蕉の句から無常感が漂う句を考察し、それから、『冬の日』と『猿蓑』の芭蕉の句を考察した。 芭蕉以前の和歌や軍記物、隨筆などに見える無常は、時代とともに変遷をしてきたと思われる。万葉集の輓歌にはなくなった人への追慕の氣持ちを歌ったものが多く、平安時代の無常は、明日のことも知らない人間のことだから、現在生きていることがはかなく感じられるようになる。中世の無常は、戰亂の世と天変地異、それから仏敎の影響で今生よりは後世のために出家遁世する人が多くなり、達觀の境地がかじられる。芭蕉の無常は、昔を思い浮かべながら感じる無常の觀が强い。多くの放浪と古典への傾倒が芭蕉の無常觀を定着させたと思われる。芭蕉の四つの紀行の中で『野ざらし紀行』が、母の墓參りのための旅であって、死に對する感慨が多く表われたと思われる。その考え方は『冬の日』にも、それから『猿蓑』にも表出されたのであろう。特に『猿蓑』では、各地を旅してゆかりのある地域で、当時を考えながら感じる無常は格別である。 ただし、和歌と誹諧とでは、ジャンルや時代の違いによって、歌語も違ってくる。芭蕉は誹諧に昔ながらの和歌的な歌語に誹諧的な言葉を用いて句境を廣げ、さらに完成度の高いものとして作り出す。そういうところに、芭蕉獨特の誹諧が存在し、芭蕉獨特の無常が存在するのではなかろうか。 殘されている誹諧集や紀行、それから、各作品の中に用いられている詩語についての詳しい考察や分析は今後の課題としたい。

참고문헌 (4)

  1. "小町谷照彦校注 拾遺和歌集"
  2. "新古今和歌集"
  3. "漂泊の旅路を追って 芭蕉から山頭火まで" (2003), 北溟社
  4. "奧の細道をゆく取材班『奧の細道をゆく" (2001), KTC中央出版

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