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마쓰오 바쇼의「자연관」연구

A Study on the「Nature」by Matsuo Basho

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주제분류일본어와문학

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Abstract

松尾芭蕉(1644~1694)は、貞門․談林の中をくぐり抜けて、蕉風俳諧にたどりついたのである。滑稽を主眼とした貞門․談林の座興的な俳諧から、詩の本道に据え直したのが芭蕉である。四季の風物を通じて、芭蕉はつとめて歌い余された世界を詠じようとしてあり、細かな鋭い観察の結果は、よくその風物の生動の趣を今日までに伝えている。 芭蕉を自然詩人とよぶ俗説が一般に行われている。芭蕉時代に用いた自然は「おのずからの存在」という意味の自然であり、今我々の用いる万物とか花鳥風月とかいう意味の自然とは様相が異なる。しかしそこにいう自然とは、われわれの日常考えている自然、すなわち近代自然科学でいうところの客観的自然とほぼ等しいもののように人々は思いこんでいる。そうして、自然詩人である芭蕉は、客観的写実主義の上に立って自然をありのままに、また徴妙に描写し、進んで自然物と交感融合し、物我一如の境地で句作した、それが風雅の誠というものであるという。さらにその風雅の誠をせめるという話になると、「造化に随ひ、造化に帰れ」という芭蕉のことばも引合いに出すのであるが、「造化」という語を芭蕉は「宇宙創造の神」「天地自然」ぐらいの意に使っているという。芭蕉に於いて「自然」の語は老子によって用いられ、今でいえば宇宙の本質とか根源とかいうような、抽象的、形而上的なものである。芭蕉は、人間が一切行動においてこの自然の道に従って造化に帰すべきものであるとまで考えたかどうかは明らかでないが、少なくとも風雅(即ち俳諧)においては、 そうあるべきものと信じていたのであり、それは『笈の小文』の冒頭によれば和歌․連歌․絵․茶などの諸道にも一貫するものとしている。 芭蕉の念じた「さび」の世界は、和歌に於ける静寂美を一人深めて行ったものではあるが、風物の上にあって、和歌の歌い余した所を詠じようと努めてあり、和歌と連歌を地盤として伝統を継承しながら、和歌と連歌には求められない別の自然美を開拓するに至ったのである。

참고문헌 (3)

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