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近松の淨琉璃における女同士の義理 - 朝鮮時代の文芸に登場する女性たちとの対比 -

The Giri among Women in Chikamatsu's Zoruri

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주제분류일본어와문학

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Abstract

本稿は、近松門左衛門の浄瑠璃作品と韓国の古典文学(小説)に見られる女性像との対比を通して、日本の語り物文芸の重要な位置を占める、近松における女性像の特質を、より明確にしようとしたものである。近松の浄瑠璃作品としては、妻子ある男と妾(または遊女)との恋が描かれている幾つかの作品を取り上げる。そこには当然一人の男をめぐる女性たちの葛藤が描かれるが、その描かれ方は、同じく妻と妾(または妓生)との葛藤を扱う韓国の文芸における女性像とは、非常に異なる展開をみせる。 韓国の文芸(特に「争寵型」家庭小説)が典型的に、正妻を善人、妾を悪人とするか、または、妻か妾のどちらかを極端に善人ないし悪人に設定するのに対して、近松の場合は、誰か一人をも悪側に立たせず、阿古屋のような妾にしろ、お房、小春のような遊女にしろ、誠を持った女性と描いている。但し、韓国の家庭小説楊己孫伝では妻を配慮する妾が設けられ、パンソリ辞説本とされるゲウサでは、正妻より妾の方に焦点がおかれるなど、韓国古小説の典型からすると珍しい作品もある。とはいえ、近松の浄瑠璃に描かれる女性たちにとって重要なのは、「男への愛情」であるが、これらの作を含め、韓国の文芸における究極的関心事は、健全な人間像を構築することにあり、妾、妓生の設定もそのための素材として扱われる傾向があるといえる。 このような、韓国の朝鮮時代の文芸と近松浄瑠璃作品との展開方式の相違は、両国間の儒教の需要方式とも関わっていると思われる。他のものを排斥するよりは融合、共存する江戸時代の風土を滋養分として、その上に作者近松の女性に対する暖かい眼差しを照らしあて、恋敵の間という対立的立場においても「女同士の義理」という、より高次元の愛の持ち主としての女性像を花咲かせたものと考えられる。 日本の近世の小説にも邪悪な妾や邪悪な妻は登場し、元禄歌舞伎のお家騒動も妾や後妻によって引起こされる設定は多くある。妻と遊女(妾)との女同士の義理に焦点を合わせた近松の女性の扱い方は、日本の文芸の中でも特色を有するといえる。

참고문헌 (6)

  1. "<게우사>의 자료적 가치", 65(겨울호) (1991)
  2. "< 무숙이타령> 왈자타령연구", 68(가을호) (1992)
  3. "<강릉매화타령> 발견의 의의", (109) (1993)
  4. "<무숙이타령>과 <강릉매화타령> 형성 소고", (3) (1993)
  5. "韓國の民俗劇" (1975), 창작과 비평사
  6. "<무숙이타령> 형성에 관한 고찰" (1994)

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