日本人の北朝鮮認識にあらわれた異質とユニ?ク、そして儒敎
A Study of Japanese Feeling about the North Korea
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초록
現在の日本人の北朝鮮認識は、拉致被害問題、核開発問題、この國特有 のカリスマ政治や閉鎖的な社会などをまず思い浮かべる、否定的なものといえるであろう。またそれは、北朝鮮が国際社会との平和的な交流を通じて経済の発展をはかることを優先するような、「普通」の国家とちがう、 「異質」な国家という認識であろう。この北朝鮮認識は、80年代以降、北朝鮮によるテロと核・ミサイル開発、また強力な金日成カリスマなどが、日本の大衆に知られることによって形成されたイメージが基となっている。この論文では、戦後における北朝鮮認識の形成が、まず北朝鮮が引き起こした「事件」によって形づくられたという事実とその過程を論じた。 一方、日本の識者による北朝鮮体制の研究には、ユニークなものがかな り見うけられる。例えば、北朝鮮体制の核心といえるものに、伝統的思想、とくに儒教の思想がおおきく反映していると主張するものが多い。日本の識者が、北朝鮮体制に対する分析の視点に儒教をおくことの意味を探求することは、日本人の北朝鮮認識のみならず、今後、東アジアというおおきな世界との関係を再構築しなければならない日本にとっての、対東アジア認識のあり方を知るよき手掛かりとなるであろう。 今日、圧倒的ともいえる否定的な北朝鮮認識は、「事件」によってつくら れられているだけに、北の政策が平和的なものに変るならば変化しうる、可変的なものである。変った後に日本人が向き合う北朝鮮は、ある種のユニークさをもつ國となるであろう。そのなかで、「儒教」というものは、日本人の北朝鮮認識のみならず、広く東アジアに対する認識作業にも欠かせないおおきな要素である。現在、社会主義中国は、儒教の再評価政策を強力に推進している。ある意味で、北朝鮮の体制思想は、それは変型されてはいるが、東アジアでもっとも儒教の徳目を強調しているものともいえよう。北朝鮮の研究において、今日まで儒教に目を向けてきた日本人は、今後も、何かと儒教というものを通して北朝鮮体制を観察することになると思われる。
참고문헌 (8)
- "朝鮮民主主義人民共和国の神話と現実" (1978)
- "金日成の野望<上中下" (1984)
- "凍土の共和国" (1984)
- "どん底の共和国ー北朝鮮不作の構造" (1989)
- "暗愚の共和国ー北朝鮮工業の奇怪" (1990)
- "愛のため自由のためにー北朝鮮エリート恋の脱出行" (1992)
- "日朝関係ーその歴史と現在" (1992), 岩波書店
- "38度線突破ー初めて北から逃げた在日朝鮮人金幸一の575日" (1992)
