秦氏의 도래전승 및 명의고찰
A Consideration on Transmission of the Influx and Name for Clan of Hata
0
조회
0
다운로드
0
인용
0
참고문헌
키워드
초록
日本古代文化の形成に大活躍をはたせた秦氏は、尨大な人員を擁し、且つ全国的規模にわたって濃密に分布している日本最大の渡來氏族である。『日本書紀』及び『新撰姓氏錄』によれば、秦氏の祖先、弓月君は百濟より120縣の民を率いて日本列島へ渡來し、機織の民として知られた。ハタという姓氏も機織りの「はた(機)」から由来するといわれている。しかし、最近の研究はこのような通説に批判を加え、再檢討が迫られている。本論文は秦氏の日本列島への「渡來伝承」及び、ハタ․ウヅマサの「語源伝承」を中心にして、秦氏の出自などについて考察を試みたものである。蔚珍鳳坪碑の發掘により、最近はウヅマサ・ハタを韓半島の古地名「于珍」「波旦」に比定する地名説が定說化されつつあるが、ウズマサは族長と解するのが妥當ではないかと思われる。秦氏は地緣․血緣で結ばれた單一氏族ではなく、みつぎを擔當するなか、韓半島からの渡來人が秦氏支配下で糾合された集團とみるべきであろう。今後、秦氏の性格を明らかにするためには、秦氏の関わった信仰體系、すなわち神祇傳承もあわせて考察す豫定である。
Abstract
The Clan of ‘Hata’, arrived from Korea through The Japanese archipelago Yutsukinokimi who had come from the Baekje period, they were leading many people moved to Japan in the Dynasty of Ozin Emperor, purportedly to have originated in family names ‘hataori(weaving)’ of the ‘hata(loom)’ entitled ‘hata’. However, recently we need to review for raising such criticism in the orthodoxy. View that word ‘Hata’ and ‘uzumasa’ originated in our country’s designated ‘Uljin-gun’ and ‘patan’ with the orthodoxy, ‘uzumasa’ comes ‘uzumasamori’a word the same, I consider Korean language derived from the ‘head’ while by it. Therefore, should be construed as it means ‘governor’ and ‘head’. The clan of ‘Hata’ was not a single clan bound to the regional relation and by blood, a muster to the ‘hata’ clan name of many immigrants Korean Peninsula stemming from in the process responsible for conducting the tribute group in Japan. Therefore, Uljin-gun, Gyeongbuk, Korea can not be limited to area of our country, in order to establish the birthplace and the nature of the ‘hata’ clan, who was involved as they always been priests of shrines ‘faith’ system in the need to look at.
참고문헌 (34)
- 김민수, "우리말 語源辭典", pp.802~ (1997), 태학사
- 김은숙, "『新撰姓氏錄』의 伽倻系氏族", 한국고대사논총, 2, pp.196~ (1991), 가락국사적개발연구원
- 金賢旭, "秦氏と八幡信仰 -中世の翁神信仰をめぐって-", 일어일문학연구, 54(2), pp.221~242 (2005), 한국일어일문학회
- 노성환, "일본신화에 나타난 신라인의 전승", pp.165~199 (2014), 민속원
- 박규태, "교토와 도래인: 하타씨(秦氏)와 신사(神社)를 중심으로", 동아시아문화연구, (45), pp.247~292 (2009), 동아시아문화연구소
- 연민수, "古代韓日交涉史", pp.303~326 (2003), 혜안
- 윤명철, "해양조건을 통해서 본 고대한일관계사의 이해", 日本學, 14, pp.94~95 (1995), 동국대학교 일본학연구소
- 李昌秀, "「記?紀」에 나타난 渡?人연구 -秦氏를 중심으로-", 일어일문학연구, 47, pp.1~22 (2003), 한국일어일문학회
- 이헌홍, "<秦氏説話>를 통해 본 古代韓日關係", 語文硏究, 38, pp.234~258 (2002), 어문연구학회
- 야마구찌가즈오, "진한(辰韓)과 하타씨(秦氏)의 고찰", 동아시아고대학, (22), pp.279~298 (2010), 동아시아고대학회
- 鮎貝房之進, "朝鮮國名考", pp.211~ (1938), 國書刊行會
- 井上秀雄, "秦氏の秦之亡人說について", 古代文化, 9(5), pp.95~ (1962), 古代學協會
- 井上秀雄, "日本神話と朝鮮", pp.61~79 (1977), 有精堂
- 井上満郎, "渡来人", pp.173~ (1987), リブロポート
- 井上満郎, "古代の日本と渡来人", pp.1~224 (1999), 明石書店
- 井上満郎, "秦河勝", pp.26~ (2011), 吉川弘文館
- 井上光貞, "日本國家の起源", pp.212~213 (1960), 岩波書店
- 上田正昭, "帰化人", pp.4~188 (1978), 中央公論社
- 上田正昭, "古代豪族と朝鮮", pp.67~71 (1991), 新人物往來社
- 上田正昭, "日本神話", pp.89~ (2010), 角川ソフィア文庫
- 大和岩雄, "秦氏の研究", pp.14~409 (1993), 大和書房
- 笠井倭人, "古代の日朝關係と日本書紀", pp.234~239 (2000), 吉川弘文館
- 加藤謙吉, "秦氏とその民", pp.5~231 (2002), 白水社
- 佐伯有清, "新撰姓氏録の研究", pp.3~456 (1982), 吉川弘文館
- 関晃, "古代の帰化人", pp.63~71 (1996), 吉川弘文館
- 田中卓, "新撰姓氏録の研究", pp.534~712 (1996), 國書刊行會
- 津田左右吉, "日本古典の硏究", pp.226~230 (1963), 岩波書店
- 中村修也, "秦氏とカモ氏", pp.1~215 (1994), 臨川書店
- 平野邦雄, "「秦氏の研究」(一)", 史学雑誌, 70(3), pp.25~47 (1961), 史學會
- 平野邦雄, "「秦氏の研究」(二)", 史学雑誌, 70(4), pp.43~75 (1961), 史學會
- 三品彰英, "日本書紀朝鮮関係記事考証", pp.229~232 (1962), 吉川弘文館
- 山尾幸久, "日本國家の形成", pp.5~235 (1977), 岩波書店
- 梁重海, "東アジアの古代文化", pp.160~172 (1979), 大和書房
- 梁重海, "東アジアの古代文化", pp.127~143 (1980), 大和書房
