日?韓近代女流小說に現れた女性人物 - 林芙美子と崔貞熙を中心に -
Female Characters of the Modern Female Novels in Japan and Korea - Study on Hayasi Humiko and Choi Jeong-hui -
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林芙美子(1903-1951)は昭和初期の1930年代から活躍した作家であり、自分の流転と放浪の生活をそのまま作品化した。林芙美子のアナーキーな感性と想像力は、当時の日本社会と家父長的家族の崩壊とともに、それまでの日本の伝統的な倫理観を破り、作品の中で自らの女性意識の表現を情熱的に行っていった。韓国で女流作家の本格的な文壇活動が始まったのは、1930年代に入ってからである。1930年代後半から活躍した女流作家․崔貞熙(1912-1990)の小説の女主人公たちは、女性の内面を抑圧する伝統的倫理観に果敢に挑戦して、自分の運命を克服していく姿をあらわしている人物たちである。こうした点は女性だから耐えなければならないという不幸の要因を生々しく探り出そうとした崔貞熙の独特の作家意識の結晶だと言える。 以上のような内容に基づいて林芙美子放浪記、晩菊、浮雲、と崔貞熙の地脈、人脈、天脈に現れた女性人物を探ってみることによって、日韓近代女流文学の特質を究明しようと思う。 女性が家庭に束縛された戦前の日本で女性が家庭から離れて行くのは、つまり制度の枠の外へ出るということで、それが放浪という形になる。 林芙美子は女という制度の中で公認された役割を生きる女の不幸と強さを描いていた。現実の女の不幸は家庭の中にとじこめられるという不幸だけではなく、社会制度のなかで男と結び付いたことその事自体の不幸である。 地脈、人脈、天脈は題目が暗示しているように天、地、人の摂理であると見られる。崔貞熙の倫理観は‘伝統的婦徳への復帰’だと言えるが、これは作品の女主人公たちが皆母性へ回帰する結果になっているからである。しかし崔貞熙文学における女性意識は伝統的女道徳へ回帰する単純な論理でなく、女性解放文学として1930年代の韓国社会の女性の現実を切実に反映していると思う。この点において崔貞熙文学の女性意識の問題は再評価されるべきである。 又、崔貞熙初期小説の自己告白的、自伝的文学的特色についての‘作家的未熟性’の論難は日本近代文学の私小説の代表的女性作家であった林芙美子を初め、他の女性作家たちの作品の読書体験と影響関係によって正しく位置付けられる課題であると思う。
참고문헌 (7)
- "坂垣直子、林芙美子の生涯、大和書房、1965."
- "板垣直子、明治大正昭和の女流文学、桜楓社、1971"
- "女性表現の明治史―樋一葉 以前―" (1999), 岩波書店
- "文学としての青鞜" (2003), 不二出版
- "李在銑、「韓國現代小説史」、興盛社、1979"
- "金東里、「女流作家の回顧と展望」、「文化」、1947"
- "韓日近代家族史小説比較研究" (1998), 高麗大大学院
