일본 민속에서‘신’과‘요괴’의 분석방법고찰 - 오리구치 시노부의‘요리시로’를 중심으로 -
日本民俗における「神」と「妖怪」の分析方法考察 - 折口信夫の「依代」を中心に -
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초록
柳田民俗学による祖霊信仰論(固有信仰論)の成立について、柳田民俗学の政治性および思想史的側面からの批判が多く行われてきた。このような研究の必要性には共感するところである。しかし、民俗学の現代的目的として設定すべきものは、祖霊信仰論に吸収されている民俗事象じたいを再検討し、新しい固有信仰論の展開と考えられる。そのため、本稿では柳田民俗学の祖霊信仰論に吸収された代表的な民俗事象のひとつである「コト八日」の目籠の問題を取り上げる。目籠についての民俗学史を再検討して、柳田民俗学の無批判的援用の問題を明らかにしつつ、折口信夫による依代説の妥当性を検証した。とりわけ、本稿では「神」と「妖怪」を解明する儀礼論的方法の可能性を折口信夫の「依代」にもとめた。それによって、折口信夫の分析概念「依代」が単独ではなく連続概念として捉えるべきと考えた。「依代」に訪れる神は、まれびとの属性をもっているもののあくまでなんらかの物体に依りつくものであり、したがって、その神を「来訪神」と新しく概念化する必要性を主張した。また、外部から訪れる「来訪神」は村落内の「精霊」を鎮圧する神として擬人化の特徴を有していると判断した。つまり、災厄予防のため来訪神が祀られることになるのだ。また、この来訪神が訪れ依りつくところこそ外部と内部の「境界」といえよう。本稿は、折口の分析概念「依代」を単独ではなく、<依代ー来訪神ー境界ー精霊>の連続概念であることを明らかにして祖霊信仰論を打破するための新しい分析基盤を提示したところに最大の意義がある。また、こうした折口の概念の総体から解明される民俗世界は、歴史かつ実態としての「古代」ではなく理念型としての「古代」であり「民俗」といえよう。
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