본문 바로가기
KERD
논문KCI 등재

『紫式部日記』における対『枕草子』意識 ──藤原斉信関連記事をめぐって──

0

조회

0

다운로드

0

인용

0

참고문헌

키워드

주제분류일본어와문학

초록

『紫式部日記』に『枕草子』に対する対抗意識が顕著であるということは、従来よく言われることであった。それは、『紫式部日記』の消息的部分に清少納言に対する辛辣な批判が述べられていることがもっとも大きな原因であろう。本稿では、その清少納言批判に至るまでの消息的部分が連動して書き進められていることに注目し、その中で後宮サロンを具体的に批評する人物として藤原斉信が登場している意味、さらには『紫式部日記』全体における斉信の描かれ方を『枕草子』と関連づけながら検討している。 『枕草子』には藤原斉信との交流が描かれ、清少納言は彼に対して最上の賛美を呈するのだが、彼に贈られた称賛は、彼女自身の才知を引き立て、さらには中宮定子のサロンをさらに輝かせることに繋がっていた。そして『紫式部日記』にもやはり藤原斉信のことが多く描かれているのだが、それは彼が中宮彰子「宮の大夫」であったという職掌に加え、『枕草子』を意識してのものであったと思われる。それは、例えば漢籍の知識に関わる記事によってさらに鮮やかに浮き上がる。紫式部は清少納言批判文において清少納言の漢学の教養を見せびらかすような態度を非難しているが、実は紫式部も清少納言のように自身の漢学の教養に対して異常なまでの自負を持っていた。そして、『枕草子』には藤原斉信との漢詩の遣り取りが書かれているが、『紫式部日記』においてもやはり斉信との漢詩の応酬が描かれており、これもやはり対『枕草子』意識によるものではないかと思うのである。 紫式部は、かつて清少納言との交流を通して定子サロンの栄華を世に伝えた役割をしていた藤原斉信を、今度は『紫式部日記』において彰子サロンの一員として描き直すことによって、定子サロンを否定し彰子サロンの優越性を世に知らしめたのではなかろうか。

참고문헌 (15)

  1. 妹背好信, "後宮プロパガンダとしての『紫式部日記』──その対『枕草子』意識──", 国語の研究, (18), pp.2~5 (1993), 大分大学国語国文会
  2. 上村悦子, "清少納言と紫式部 in : 王朝女流作家の研究", pp.232~ (1975), 笠間書院
  3. 大橋清秀, "紫式部日記にみえる清少納言について", 帝塚山学院大学研究論集, 25, pp.1~16 (1990), 帝塚山学院大学
  4. 岡崎知子, "『枕冊子』に見える藤原斉信", 古代文化, 15(1), pp.24~ (1965)
  5. 岡田潔, "頭中将のそぞろなるそら事をききて──斉信と清少納言の応答の際の意識──", 女子聖学院短期大学紀要, (22), pp.68~72 (1990)
  6. 岡田潔, "藤原斉信 in : 枕草子大事典", pp.549~ (2001), 勉誠出版
  7. 田端千恵子, "枕草子・藤原斉信関係章段の位相──「故殿の御服のころ」「故殿の御ために」の段を中心に──", 中古文学論攷, (4), pp.33~34 (1983), 早稲田大学大学院中古文学研究会
  8. 豊田芳子, "紫式部日記小考──「清少納言批判文」の存在をめぐって── in : 王朝日記の新研究", pp.572~ (1995), 笠間書院
  9. 鄭順粉, "頭の中将の、すずろなるそら言を聞きて」段の和歌の方法──遊戯的な性格について── in : 枕草子 表現の方法", pp.148~170 (2002), 勉誠出版
  10. 中野幸一, "紫式部日記 in : 新編日本古典文学全集", pp.243~244 (1994), 解説
  11. 福井迪子, "藤原斉信の人間像──『小右記』を中心に──", pp.31~ (1989), 九州大学国語国文学会
  12. 福家俊幸, "『紫式部日記』いわゆる三才女批評の位相 in : 平安文学の風貌", pp.319~ (2003), 武蔵野書院
  13. 村井順, "清少納言と藤原斉信(一)", pp.7~ (1972), 愛知淑徳短期大学国文学会
  14. 守屋省吾, "『紫式部日記』小考──人名記述に関連して── in : 王朝女流文学の新展望", pp.84~ (2003), 竹林舎
  15. 山本淳子, "『紫式部日記』清少納言批評の背景", 古代文化, 53(9), pp.31~ (2001), 古代学協会

이 간행물의 다른 논문 (14건)