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明淸時代 合의 社會的 考察

The Analysis Social of Hehuo during the Ming-Qing Period

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Abstract 明淸時代合夥の社會的考察 - 合夥契約文書の分析を以て ー 鄭址鎬 本稿は明淸時代において合夥の契約文書の分析を以て合夥の社會的特質を考察したものである。從來合夥についての關心は、主に經濟的面を注目してきている。合夥が經濟的目的のために組織されたことを考えると、その傾向は當然のことといわねばならない。しかしながら合夥が傳統中國社會では勿論今日に至るまで依然としてその生命力を維持されてきたことはなぜであろうか。このためには經濟的面だけでは解決されない問題があると思われる。從って本稿ではこの問題意識を以て合夥契約文書の分析を通して合夥の社會的特質を明らかにしようと試みたものである。その論旨をまとめてみると以下のようである。 まず、合夥は血緣を媒介にした家族關係をもって作られてきた。すなわち合夥は家長の死亡による家産の分割を防止するために、または新たに資本集中を目的にして家族の間で作られてきたのである。そして、血緣がないものも擬似血緣という主觀的血緣感覺をもって結合していた。合夥の使用人の場合においても必ず股東とか經理の親戚、または同鄕人など平素親密の關係にある者の紹介を得てから入店することができた。とくに紹介人は自分が紹介したものが何らかの不祥事を起こした場合には一切責任をとっていたことがわかる。このように合夥は血緣、地緣など多樣な人的ネットワクをもってつくられた人的結合をその特質とする。これは社會的信用をもって廣く資本を集中する西洋の株式會社とは性質を根本的に異にするものであると言えよう。 一方、人的結合を特徵にする合夥は、各股東の出資された資金をもって合夥の財産とする。この財産は合夥人の個別的所有を越えた共同のもので、その意味において合夥は團體性を持っている。しかし合夥はその自體として法人のように權利と義務を有していたのではないので組織として不安定であった。すなわち個人的人的關係に止まっていたので個人の動向によって左右されやすい性質をもっていたのである。從って合夥では組織としての安定を保つために個人の個別性を否定し共同性を强化する必要があったのである。契約文書にみられる「無分爾我」、「滅私奉公」というような文句はただの美辭麗句ではなく、共同性を高めるための必死の自己表現であったといえよう。 周知のように中國の歷史において社會團體は「多樣の因緣を媒介にして可能の限り廣い範圍での結束を指向する動的擴張過程の産物」と理解されている。合夥はまさにこのような中國社會の特質を典型的に反映して作られた經濟組織である。いわば家族原理を基にして血緣、地緣などの人的ネットワクを通した「人格的資本結合」といえよう。このため多大な資本を必要とする近代産業社會では適合しない「後進的」なものという指摘もあるが、それこそ公的社會システムが發達されていない中國において合夥が生命力を失わない原動力になったのではないかと思われる。

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