「みたいだ」의 斷定回避 (2)
A Study of Japanese the Avoidance of Conclusion in Mitaida
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言葉というのは時代によって変化すべであり、いつの時代にも存在してある。言語の変化の中で問題視されるのは若者言葉であろう。 日本語の助動詞「みたいだ」は明治期を前後として東京地域で形成された。文献上では『墨染桜』明治23年(1890)が「みたいだ」の初出作品であり、その使用は非常に制限的であり、文脈は冷笑的とか自嘲的なニュアンスで、言語的な位相はあまり高くない表現の形式である。 大正․昭和前期では、明治期で低俗な表現ないし冷笑的なニュアンスの「みたいだ」が中立的な意味の表現として転換していくのが確認できる。この時期で「用語(動詞)+みたいだ」の形式が現われる『雪国』と「推量」の意味を表す「みたいだ」が登場する『旅愁』は「みたいだ」の質的の変化が現われる時期である。昭和後期では、「みたいだ」の使用の頻度が爆発的に増加する時期である。 明治期を前後として形成された「みたいだ」は、昭和後期に一般化になると同時に「体語や活用語の連体形に付く」という辞書的な形式からも解放され、断定回避の「みたいだ」が登場する。とくに、1980年代は「みたいだ」の質的変化の分岐点と言える。 断定回避の「みたいだ」が多用するまでの前触れとしては「みたいじゃないか」のような形態である。推量の助動詞「みたいだ」に「~じゃないですか」や半クェスチョンを使うのは、聞き手の同意をいちいち取り付けることで発話に伴う責任を聞き手にも分担させて話し手の責任を軽減する乃至聞き手の共犯化とでも言えるような心理だと思われる。「みたいに見える」「みたいに思える」「みたいな気がする」「みたいに聞こえる」のように自動詞とともに使うのは話し手が直接断定するよりも慣用句的な表現をすることで不特定化によって聞き手についても対人関係上のある種の拘束力が弱められる。 このように日本人は断定的に言うのをよしとせず、あいまいな表現こそ、敬意や慎み深さがあるという背景で断定回避の「みたいだ」が多用することに至る。これらは直接引用を回避する言語心理から「~という」「~というような」の代わりに「、みたいだ」を使ったり、前の文章を引用句を名詞の扱いとして使ったり、重い内容の軽量化とかソフト化する時に使ったりする。 このような現象は北原保雄や橋本五郎や辻大介らが1990年代から流行になった若者言葉だと指摘しているが、1970年代末から1980年代から文献にも見られるし、これは現代の若者に限った現象ではない。
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