고지도에 보이는 한국과 일본의 대마도 영토 인식 -전근대시기를 중심으로-
Study on the recognition of the Tsushima Island territory in Korea and the Japanese old map
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本稿では東洋と西洋の地図歴史を概観しながら、古地図を通じて韓国と日本の対馬島に関する領土認識を検討してみた。近代国家と異なる領土認識をもっていた前近代の古地図には、対馬島が韓国と日本国の間の国境地域であるという概念よりも境界や政治権力の影響から離れた空白地域として認識されてきたと思われる。しかし、これは近代国家の成立以後に強制された国民と国家·領土という概念によって創られた概念であると言えよう。言い換えれば、朝鮮や日本という国家的、領土的な観点から対馬島の帰属問題を理解しようとしたからである。その結果、両国の間の古地図に見える現象すなわち、前近代には対馬島が朝鮮に附属している島のように描かれたのである。一方、江戸時代以後になっては対馬島が日本の領域として位置づけられることを朝鮮政府と江戸幕府に両属する政治的な行為であると理解したのである。しかし、このような解釈も今日の韓·日両国の国家的な観点からの解釈であったと言える。近代以前の領土観というのは観念的な境界認識と空間的な境界認識という区分がいつも一致することではなかったと思う。したがって、朝鮮初期の地図の例からも分かるように対馬島は朝鮮と日本の両国に従属した地域ではなく、むしろ国家権力の影響力から排除された地域として存在してきたと言える。以後、対馬島人は生存のために朝鮮と日本王権の中間者的な役目を持続的に推進してきたが、壬辰の乱をきっかけで朝鮮から日本に傾くようになったのでる。その結果、対馬島は日本国家の領域として認識されるようになったと考えられる。
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