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사타 이네코(佐多稲子)와 조선 -「금강산에서(金剛山にて)」를 중심으로-

A study about Sataineko and Chosun -Focusing on「at the Mt. Guemkang」

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주제분류일본어와문학

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本稿では、日本の代表的なプロレタリア女性作家として評価されている佐多稲子の作品の中で、まだ韓·日研究者によって研究されていない「金剛山にて」(1941.4)という作品を考察するのに意義があり、当時朝鮮を体験した女性作家が眺める金剛山に対する印象はどうであるのか、その時代的背景を中心に考察して見た。論者はすでに1940年佐多稲子が初めて朝鮮を旅行した後、朝鮮関連作品の中で「朝鮮印象記」を分析した結果、1927年プロレタリア作家で出発した当時のプロレタリア詩「朝鮮の少女一、二」で詠じた被支配民族に対する連帯意識が消えたことを確認することができた。ところで、敗戦後に発表した朝鮮関連作品である「白と紫」では1940年当時朝鮮体験を背景に朝鮮の風景に対する作家の印象、特に朝鮮の名勝金剛山に対する旅行者としての率直な心境を明らかにしている。しかも太平洋戦争を控えて朝鮮に居住していた日本人の間に広まっていた朝鮮人に対する無知な偏見を批判しながら、作中人物の苦悩を通じて作家自身もそういう偏見に陥っていたことを告白した。したがって1940年夏日本旅行協会朝鮮支部が作成した日程により京城、開城、平壌、そして金剛山を旅行したあと、翌年に発表した「金剛山にて」を中心に考察して見た結果、この作品は朝鮮総督府鉄道国の招請による管制旅行に符合するために構想して書いたのが明らかで、1932年プロ文学解体以後から1940年まで抵抗作家として評価される意見もあるものの、戦時体制下に当たってはこのような評価は再考されなければならない。純粋な旅行ではなかっただけに金剛山という朝鮮の名勝金剛山に対する旅行者としての印象がよく伝えられない。金剛山旅行の目的は、外金剛山の入口の大きい神渓寺内にある小さい教室に集中される。とても小さい教室で主権と言語を奪われた純真無垢な朝鮮児童が処した当時の教育現実をのぞくことができるためである。

참고문헌 (17)

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