오토모노야카모치(大伴家持)와 여성들 -가사노이라츠메(笠郞女)를 중심으로-
A Study of Otomonoyakamochi And Girls
0
조회
0
다운로드
0
인용
0
참고문헌
키워드
초록
万葉集は日本古代文学の一番重要な文学作品のひとつである。年代が分かる759年のうたを最後に、たいてい770年前後で編纂された歌集で、日本人の古代文化と文学的素養が分かる貴重な資料である。万葉集を通じて歌の内容だけではなく、その当時の生活、古代韓国と中国などの東アジアどの交流などが分かるからである。この歌集は古代の文学的資料がほとんど残っていない私たちにもいろいろな資料を与えてくれる。例えば、古代韓国と日本との交流、百済系と新羅系、そして高句麗系の渡来人らが両国の間にかけた歴史的事実と文学的、文化的活動の影響などいいきれないほどの資料が手にはいる。この論文では大伴家持を中心にした万葉集の女性らを簡単に調べてみた。大伴家持の人生において最大の影響を与えた女性はやはり叔母で、自分を育ててくれた大伴坂上郎女であった。人生の勉強だけではなく、いつも常に一緒に生活しながら知識と教養を兼備するように師匠の役割も果たした人物である。万葉集という古代歌謡をも教えてくれた先生であった。また、大伴家持との終妹で、妻だった大伴坂上大郎女も人生の伴侶者として大伴家持に多くの影響を与えた。途中に大伴家持の不倫でいろいろの苦労があったが死ぬまで大伴家持を尊敬し、内助をした。大伴家持には非常に重要な女性の一人だった。また、万葉集で一番多くの歌を取り交わして愛を交わした女性としで笠郎女がある。二人の愛は結局は破局で終るが、最初から成り立たない状況でお互いに理解しようとする二人の心が読める歌が多かったことが確認できた。他の人で紀郎女の愛は年上の女人との愛で、大伴家持側で積極的であったのも確認できた。この外にも多くの女性らが登場するが今度は全部見られなかった。しかし、大伴家持が多くの女性らとの交際を通じて贈答歌の真髓を見せてくれたし、愛を通じる女性らの心を表現しようと、また歌を残しておくための一つの方法として万葉集編纂に関与したのではないかとおもわれる。
참고문헌 (19)
- 齊藤茂吉, "万葉の歌境", pp.33~ (1947), 青磁社
- 大野晋, "本居宣長全集(別巻3)" (1947), 筑摩書房
- 高木市之助, "日本古典文学大系 万葉集" (1957), 岩波書店
- 山本健吉, "日本詩人選5 大伴家持" (1971), 筑摩書房
- 北山茂夫, "大伴家持" (1971), 平凡社
- 伊藤博, "万葉集の構造と成立" (1975), 塙書房
- 大久保正, "日本文学全史1 上代" (1978), 学燈社
- 稲岡耕二, "万葉集必携" (1981), 学燈社
- 橋本達雄, "王朝の歌人2 大伴家持" (1984), 集英社
- 中西進, "大伴家持 人と作品" (1985), 桜楓社
- 橋本達雄, "大伴家持作品論攷" (1985), 塙書房
- 五味智英, "増補古代和歌" (1987), 笠間書院
- 上代文学会, "家持を考える, In 万葉夏季大学14" (1988), 笠間書院
- 町野修三, "大伴家持論1" (1992), 短歌新聞社
- 市瀬雅之, "大伴家持論 文学と氏族伝統" (1997), おうふう
- 佐藤隆, "大伴家持作品研究" (2000), おうふう
- 小野寺静子, "坂上郎女と家持 大伴家の人々" (2000), 翰林書房
- 中西進, "女流歌人と作品" (2005), おうふう
- 中西進, "万葉集,4冊" (2009), 講談社文庫
