韓日 新女性의 職業觀 硏究
A Study on the View of Occupation of New Women in Korea and Japan
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近代が女性たちに提供した新しい職業は男性中心の社会構造で相変わらず副次的で従属的な面を持っていたが以前とい違った空間での経験ができるようになった。日韓各国の人口に比べて女性の就学率は男性より低くかったが、そのなかでもある程度の教育を受けた女性たちは社会へ進出した。だが彼らが持っていた内在的な悩みと問題は単に彼らだけの問題ではなく、すこし発展してみれば近代女性のすべての問題であるから新しい女性についての研究は重要な意味を持っていると思う。 本考では彼らの職業観に就いて研究した。韓国の『新女性』日本の『婦人公論』という婦人雑誌を中心に新しい女性たちの職業観に就いて研究して、時期的1910~20年代である。新しい女性たちにて職業とは何であったかが本考の重なテーマである。両国の雑誌の記事を経済的独立、自己発展、社会寄与という項目に分けて調査した。 記事を調べてみったら韓日の両国の新しい女性におけて職業ということはまず経済的な独立を意味した。職業をもって自分の労働の代価である賃金をもらって自分だけの経済力ができたら男性たちからの隷属的な関係と家の中での奴隷的な関係を脱皮することができて、社会的に女性の地位向上と解放をもたらしてくれるだろうと思った。だが現実的に女性たちが働けるところは多くなく、職業を持ってからは職場と家事との二重苦で悩んでいた。近代は女性たちに職業を持てる機械が与えられたのは意義あるが職業を持っていたといって、そのものが経済的な独立をもたらしてくれることでなく、彼等がもらう賃金としては経済的な独立は難しかった。 二番目は日韓の新しい女性たちに職業は自己開発と啓発ができる切っ掛けとして考えた。職業を持つというそのもので理想実現ができると思っていたこととは違って現実は理想と距離があって、男女平等を夢見るにも劣悪な環境であったが労働の価値をわかって、独りの人格体として自信ある生き方を職業を通して成そうとした。職業に就いての強い自負心と肯定的な認識で楽でない現実を越えて未来を叶おうとした。日本女性たちは団体を結成して女性の権益を擁護しようとしたが韓国の女性たちは個人的に克服意志をみせている。 三番目は日韓の新しい女性たちは職業を通して社会的な貢献をしようとした。日韓の新しい女性たちは一般の女性たちに比べて比較的に高等教育を受けた人である。そして専門職とか事務職に携わっている人が多かった。彼等の中では先覚者的で啓蒙的な立場で社会奉仕を考えていた人たちもあったが彼等が職業探しに使った熱情くらいその職業を通じて社会寄与を考えたとはいえない。植民状態であった韓国の場合は女性たちが職業を通じて社会啓蒙とか貢献を考える前に国権を回復しなければならない使命の前で意識ある女性たちは自分の声を出すことができなかった。
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