코바야시 타키지(小林多喜二)「게잡이 공선(蟹工船)」의 동시대의 평가
The Contemporary Review of 「THE KANIKOUSEN」
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小林多喜二の「蟹工船」が一九二九年五月号と六月号との『戦旗』に発表されたとき、思久嶺と平林初之輔を始め、多くの作家․評論家がこの作品を取り上げ、様々な評価をした。また『都新聞』と『大阪朝日新聞』は「今月の創作」と「新刊紹介」欄で「蟹工船」を取り扱っている。さらに、この小説は一九二九年七月二十六日から三十一日まで、六日間、帝国劇場で高田保と北村小松の増補脚色(改題「北緯五十度以北」五幕十二場)土方与志の演出で、新築地劇団によって、上演された。その当時の社会に「蟹工船」の影響がいかなるものであったかが分かる。ところで、こういう「蟹工船」がその当時どういう評価を受けていたのであろう。本稿においては「蟹工船」に対する当時の評価を具体的に調べて見ることにした。 「蟹工船」の同時代の批評は二十四件が管見に入った。「蟹工船」についての批評を書いた人は、思久嶺、平林初之輔、河原茂樹、千葉亀雄、古沢安二郎、青野季吉、蔵原惟人、石浜知行、勝本清一郎、谷亮輔、中村武羅夫、立野信之、川端康成、幽水生、近松秋江、岡沢秀虎、板垣直子、小宮山明 敏、川口浩、徳永直などである。一方、「蟹工船」を増補脚色して、上演された「北緯五十度以北」に対する批評も三点見られる。「北緯五十度以北」の批評は、村山知義、無署名、そして中本たか子・戸田豊子などである。 同時代の「蟹工船」の批評の中で、重要であると思われるものは、平林初之輔、蔵原惟人、勝本清一郎、そして中村武羅夫の批評である。この中で、中村武羅夫の批評はいろんな意味において異彩を放つものであった。中村武羅夫の「蟹工船」の批評はとにかく厳しい意見であった。同時代のほとんどの作家․評論家がこの作品を高く評価していたにもかかわらず、彼一人断固としてこの作品を強く批判した。それは、その当時がプロレタリア文学運動陣営と反プロレタリア文学運動陣営とに分かれていた時代であったからである。「蟹工船」の同時代の評価もこういった限界があったと言うべきものであろう。
참고문헌 (14)
- 思久嶺, "五月創作月評(4) 雅趣ある作風を推す", 『報知新聞』1929년 5월 2일, ~, pp.신문기사 (1929)
- "『東京朝日新聞』1929년 5월 7일", 1929, 신문기사
- 河原茂樹, "五月の小説", 『時事新報』1929년 5월 8일, ~, pp.신문기사 (1929)
- "新潮", 1929, ~, pp.新潮社
- 古沢安二郎, "五月号の創作評", 文芸都市, (6) (1929), 文芸都市社
- 青野季吉, "文芸時評的な断論(下)", 読売新聞 1929년 6월 7일, ~, pp.신문기사 (1929)
- 蔵原惟人, "作品と批評(一)『蟹工船』その他(1)、作品と批評(二)『蟹工船』その他()", 東京朝日新聞 1929년 6월 17일- 18일, ~, pp.신문기사 (1929)
- "新潮", 1929, ~
- 谷 亮輔, "『蟹工船』を中心として", 労働芸術家, 2(4) (1929), 日本労働芸術家聯盟文学部
- 勝本清一郎, "『蟹工船』の勝利", 読売新聞 1929년 8월 11일, ~, pp.신문기사 (1929)
- 中村武羅夫, "プロレタリア文学の理論とその作品の吟味", 新潮, (10) (1929)
- 立野信之, "『蟹工船』について", 戦旗, 2(11) (1929), 戦旗社
- 川端康成, "小説界の一年", 新文芸日記 (1929), 新潮社
- 中村武羅夫, "誰が本当に威張れるのだ-『蟹工船』の作者、小林多喜二氏に与ふ-", 近代生 活, 1(8) (1929), 近代生活社
