幕末維新期「征韓論」의 전개 과정
The Process of Developement of Seikanron on Bakumatsu-Meijiishin Period
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江戸幕府の後期になると庶民上流層に国学が普及し、古代史の研究がなされ、歴史的事実ではない神功皇后の「三韓征伐」を取上げて国学者たちは朝鮮はもともと日本の領土であると主張し始めた。また、徳川氏への反感から豊臣氏を憧れるようになって秀吉の「朝鮮征伐」を讃美するようにもなった。国学における 朝鮮観の転換と庶民意識における太閤秀吉に対する讃美が、対アジア蔑視観と 大陸雄飛論の土壌を作ったのである。 本稿は、幕末維新期このような背景の下で「征韓論」はどのように展開し、成長していったのかを、当時の日朝外交に携わった人物ー対馬宗家及び家臣、または吉田松蔭をはじめ彼の影響を受けた新政府内の「征韓論」を唱えた人物を中心に史料に基づいて検討してみた。 確かに、「征韓論」がピークに達していた明治6年には既に吉田松蔭はこの世にいなかった。しかし、彼の大陸雄飛論は木戸孝允等明治維新後の中央権力者の間に脈々とつついていたのである。そして、中央への耳と口の役割を見事に努めたのが、幕末においては対馬宗家の家臣たちであり、明治維新後においては釜山草梁を行来していた外交ないし外務出仕であった。 一方、明治維新期における田中正中という人物の「非征韓論」というものが頻繁に引用されたりするが、彼の関連史料を読めば、これは確かに、吉田松蔭の 「征韓論」とは対比するところ大であると言えよう。しかし、この二人の人物像を比べてみると、吉田は後世になを残すほどの影響力を持つが、田中は名前だけ知られているくらいで出身や活躍など何も分から状態である。もしかすると、架空の人物であるかも知れないということから、彼の「非征韓論」は、当時のいかにも片寄っていた「征韓論」に対する反対意見として作られた史料であるかも知れない。この点については今後の課題としておこう。 いずれにしても、幕末維新期の「征韓論」は、本稿でみてきたように最初は対馬藩の末端外交官員から始まり、思想家、そして中央官僚へと広がっていき、以後、明治新政府に大きな変化と対朝鮮観の形成の基礎となったのである。
참고문헌 (23)
- "西鄕隆盛文書", 東京大學出版會發行1923
- "木戶孝允日記"
- "大久保利通日記"
- "大久保利通文書"
- "近代日鮮關係の硏究"
- "日本外交文書"
- "明治文化全集"
- "西鄕隆盛全集"
- "日本近代國家の形成", 岩波書店1968
- "明治6年政變の硏究"
- "明治維新の再發見"
- "朝鮮觀の史的展開"
- "近代日本の朝鮮認識"
- "ニュスで追う明治日本發掘"
- "近代日本のアジア認識" (1996), 綠陰書房
- "征韓論の系譜" (1996), 三一書房
- "新編日本史をみなおす" (1997), 靑木書店
- "朝鮮の開國と近代化" (1997), 溪水社
- "幕末維新日朝外交史の硏究" (1997), 臨川書店
- "明治維新とアジア" (2001), 吉川弘文館
- "明治維新と征韓論" (2002), 明石書店
- 전상균, "초기명치정부의 조선인식", 4 (1995)
- 최석완, "정한론과 청일전쟁을 바라보는 시각", 十八 (2003)
