에도시대의 문화수용과 번역
A Study on the Acceptance of Foreign Culture and the Translation in Edo Period
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江戶時代の文化受容と翻譯 江戶時代は徹底的な鎖國体制を堅持していたので、異文化との接触はごく限られていた。長崎という場所に限定して交流が許されていたオランダと中國、その他に朝鮮との接触が全部である。このようにその規模は小さかったが、それでも江戶時代の民衆の<新しいもの>に對する知的好奇心はすごかった。 そのようにして行われた異文化の受容は二つに分けて考えてみることができる。したがって、この論文では江戶時代の異文化受容の樣相を、西洋文化と中國文化に分けて檢討してみた。そして、異文化の受容がまた日本文化に對する關心を呼び起こすきっかけになったという点にも注目した。文化受容の樣相のみならず、それによってあらわれた変化を世界觀、學問觀、文學觀、繪畵觀等に焦点を合わせて檢討する時も、いつもこのみっつの觀点を堅持しようと努めた。その結果、新しいものと古いもの、東洋的なものと西洋的なもの、中國的なものと日本的なもの、合理的なものと非合理的なもの、科學的なものと非科學的なもの、などが混在する江戶時代中期、とりわけ18世紀の日本の實狀を立体的に浮き彫りにすることができた。 また、18世紀の文化形成の過程において翻譯が大変重要な役割を果たしたという事實も確認することができた。日本文化の形成において、江戶時代ばかりではなく、近代、そして今日に至るまで、翻譯は大きな役割を果たしてきた。明治維新以後、徹底的な翻譯主義に基づいて近代化がなされたのはよく知られていることである。この論文では翻譯の大國ともいわれている日本の翻譯の歷史のなかで、ごく初期の樣子を考察することで、日本で早くから翻譯の重要性や価値が認めらるようになった背景も確 認することができた。 翻譯は異文化の交流と伝播のために避けてとおれない過程のひとつである。また翻譯者は先端の文化に逸早く接触できる特權を与えられた人である。したがって、日本における翻譯の初期段階を檢討した今回の硏究は、たまに翻譯の仕事に携わったりする筆者をして、翻譯者としての使命感と共に責任感を痛感させ、また自負心を持たせるきっかけにもなった。要するに、翻譯家とは文化の共有を通じて世界化に寄与する人たちとも云えそうだ。
참고문헌 (16)
- "번역과 일본의 근대" (2000), 이산
- "일본과 세계의 만남" (1999), 소화
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- "세계 속의 일본 일본속의 세계" (1994)
- "일본 근세의 쇄국과 개국" (2001), 혜안
- "마테오 리치--동서문명교류의 인문학 서사시" (2002), 동아시아
- "江戶時代と近代化" (1986), 筑摩書房
- "文化の 譯可能性"
- "の比較文明論" (1994)
- "近世アジア漂流" (1990), 朝日新聞社
- "地球時代の民族=文化理論--脫「國民文化」のために" (1995), 新曜社
- "江戶とは何か--德川の平和" (1985)
- "文化の往還--比較文化のたのしみ" (1989), 福武書店
- "譯と日本文化" (2000), 山川出版社
- "江戶時代は徹底的な鎖國 制を堅持していたので異文化との接 はごく限られていた.長崎という場所に限定して交流が許されていたオランダと中國その他に朝鮮との接 が全部である.このようにその規模は小さかったがそれでも江戶時代の民衆の<新しいもの>に對する知的好奇心はすごかった"
- "また18世紀の文化形成の過程において 譯が大 重要な役割を果たしたという事實も確認することができた.日本文化の形成において江戶時代ばかりではなく近代そして今日に至るまで 譯は大きな役割を果たしてきた.明治維新以後徹底的な 譯主義に基づいて近代化がなされたのはよく知られていることである.この論文では 譯の大國ともいわれている日本の 譯の歷史のなかでごく初期の樣子を考察することで日本で早くから 譯の重要性や 値が認めらるようになった背景も確 認することができた."
