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『만엽집』에 보이는 ‘大君’의 번역어 연구-서두수와 김억의 번역어를 중심으로-

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주제분류일본어와문학

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本稿では『万葉集』における「大君」という歌語が日帝强占期(=植民地時代)に朝鮮語でどのように翻訳されてきたかを徐斗銖と金憶の飜譯語を通して考察してみた。その結果、徐は「大君」の翻訳語として「聖上」を、金は「님(ニム)」をそれぞれ借用していたことが確認できた。徐斗銖が「大君」の翻訳語として「聖上」を借用したことには様々な理由があるが、主な理由としては次のようなことがあったと考えられる。第一、徐は『万葉集』を朝鮮語で翻訳した際、5・7・5・7・7を尊重しつつ訳した。したがって、彼は「天皇」の尊稱を意味する「大君」を朝鮮語で翻訳する時、「防人」の翻訳語(=변방직이)のように言葉で説明するやり方を取れなかった。第二、日帝强占期に「聖上」という用語は「現在の自国の帝王の尊称」という意味として用いられていたと同時に、すでに植民地朝鮮では「天皇」の飜譯語としても借用されていた。一方、金憶が「大君」の飜譯語として「聖上」借りず、「님(ニム)」を使った理由も様々だが、主な理由は次のようだ。第一、徐斗銖が早くも『每日申報』の中で「大君」を「聖上」と訳したことを知った彼は、意識的に「聖上」という用語を避けた可能性がなかったとは言えない。第二、金憶が『万葉集』及び『愛國百人一首』を朝鮮語で翻訳した意図は「皇國臣民化」と「國語」(=日本語)の普及にあった。特に、「皇國臣民化」を念頭に入れた際、彼は「大君」の飜譯語として「님(ニム)」が朝鮮の臣民に違和感を與えるところか、かえって親近感を被らせる詩語だと考えたであろう。そして、そうした彼の判断には金憶が民謠詩人として「님(ニム)」という用語に親しまれていたということが働いたであろう。以上のように、「大君」の翻訳語をめぐった歴史を通してわかってきたことは、飜譯語ということは単なる個人的な趣向によって選ばれる場合もありうるが、日帝强占期といった時代ではそれと同時に、飜譯者の政治的な立場によって選択される場合もあったということだ。

참고문헌 (15)

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