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『蜻蛉日記』「天下の人の品高きや」考-書かれなかった內的論理を探って-

A study of「How about the high position man」in 『The Diary of Kagerou』

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주제분류일본어와문학

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Abstract

序文によれば、『蜻蛉日記』は、人並みでもない身の上を書いたものであると言う。その身の上と言えば、「はかなく」て「とにもかくにもつかで」生きてきた人であり、また、その人と言えば、「天下の人の品高き」男性と結婚生活をした作者自身である。この部分は、『蜻蛉日記』の執筆に、結婚の相手が普通の男性ではなく權門の子師であることが重要な要素として關わっていることを語っている。 本稿では、序文の「天下の人の品高きや」の意味に注目し、作者道綱母がなぜ權勢家兼家との結婚生活を不幸に思い、『蜻蛉日記』の執筆に至らざるを得なかったか、その內的論理を明白にしてみた。  一般的には、高い身分の男性と結婚すると、物語世界のような幸せな生活になれる。夫の陰で一生を過ごす<家の女>の場合、夫の高い地位が安定した結婚生活を保障することになるからである。最初、道綱母も權門の師弟兼家と結婚した際、そのような世俗的な榮譽を求めていた可能性は高い。結局、道綱母が權勢家の兼家と結婚して「ものはかな」い人生になったのは、攝關家の妻としての光榮に輝く結末にならなかったためである。  道綱母は、權門の御曹司兼家から結婚の話が持ち出された時、それなりに期待に胸をはずませていた。時姬に継ぐ第二夫人としての結婚ではあったものの、うまくいけば正妻にもなり安定した妻としての人生が送られる可能性があったからである。しかし、その期待は時間が経つにつれてどんどんはずれていき、ついに東三條院に迎えられず正妻への道が完全に斷たれてしまう。その挫折感が、道綱母の人生をはかなく感じるようにしたのである。序文の「天下の人の品高きや」は、『蜻蛉日記』の執筆動機にあたる重要な部分であるが、それは第二夫人として結婚し正妻になれずじまいになった結婚生活を意味していると言える。正妻道綱母の、第一夫人ではない不安定な位置、しかし兼家の愛情がすぐに盡きてしまう關係ではない、そんな曖昧な第二夫人の位置こそ『蜻蛉日記』を構成する內的な論理になっていると考えられる。

참고문헌 (4)

  1. "土佐日記· 日記", 13 (1995), 小學館
  2. "創作意識における作者の自我と家門的意識" (1993)
  3. "日記の作者の結婚形態 嫡妻·妾妻·北方" (1995), 笠間書院
  4. "深層の 日記 道綱母の風景そのイメジェリより" (1983)

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