三島由紀夫の文學と母親固着
The Works of Yukio Mishima and Mother Complex
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초록
Abstract
三島が職業作家として出發した際に書いた仮面の告白は、作者自身の同性愛的な性向を赤裸々に告白した自伝風の作品で、それがそのまま三島の出世作になり、以後の三島の作品には≪牡の文學≫というレッテルが貼られるようになった。その延長線上で書いた禁色では、男性の同性愛をもって女性へ復讐するという奇拔なテーマをとっている。三島が女性への復讐を作品のテーマにしたのは、戰爭中、交際していた女性との別れを念頭においたことであったが、その復讐劇を途中であきらめ、「改訂廣告」まで出した三島は、作品の後半では强度の母親固着を露見するようになる。生まれて間もなくから十三歲まで祖母の病室で過保護を受けながら育った三島は、母親を慕う心が人一倍强く、しかも父親の反對にもめげず母親は作家志望の三島を徹底的に庇ってくれたのである。漢學者の家に生まれながらも娘時代には文學少女だった彼女は、自分が實現出來なかった夢を息子に託し、その讀み手になり助言者になりながら息子を一人前の作家として成功させたのである。そのせいか、一見男性性を强調しているかのように見える三島文學は、意外にも强度の女性コンプレックスをも合わせ持っており、それがしばしば作品の破綻を招く原因にもなっている。わずか十三歲の時に書いた「酸模」で母子だけの幸せな世界を描いた三島は、二十代後半に入ってから男女間の對立を通して男性優位を唱えるようになるが、三十代半ばから再び女性を認めるのは、やはり三島文學の根幹には强度の母親固着が强く根をはっていたからである。三島文學が二元對立の構図によって支えられ、特に男女間の對立は三島がもっとも好む素材でありテーマであったが、その典型と言える作品が禁色である。そこに登場する人物たちは、まるで家族のような構成を見せており、彼らが織り成すドラマは近親相姦的な雰囲氣を釀し出しているのである。從って、本稿では「三島文學における家族」という大きな硏究テーマの一貫として、禁色から例をとりながら主に母親に焦点を合わせて考察してみた。
참고문헌 (12)
- "中村光夫/三島由紀夫 對談人間と文學"
- "白川正芳編 三島由紀夫批評と硏究", 芳賀書店、1981
- "許昊牝犬論--三島由紀夫の未亡人小說考", 日本文化硏究第3、筑波大學日本文化硏究學際カリキュラム、1992年
- "許昊三島由紀夫の作品における祖母像" (2005), 水原大學校
- "許昊三島由紀夫盜賊論", 37 (2000), 韓國日語日文學會
- "小林和子三島作品における〈妹〉", 日本語と日本文學第六、筑波大學國語國文學會、1986年
- "野口武彦 三島由紀夫の世界"
- "越次俱子 三島由紀夫 文學の軌跡"
- "許昊年譜、三島由紀夫事典"
- "川島勝 三島由紀夫" (1996), 文芸春秋
- "平岡梓 三島由紀夫"
- "村松剛 三島由紀夫の世界"
