다자이 오사무(太宰治)의 ?新郞? 론- 전쟁과 성서의 의미를 중심으로 -
The Study of Dazai osamu “Sinrou”
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太宰治の「新郞」論 - 戰爭と聖書の意味を中心として - 太宰治(1909~1948)の中期作品である「新郞」(1942年)について考察した。 ちょうど太平洋戰爭勃發の日に書かれた作品なので、まず戰爭という時代的背景について調べえみた。太宰は戰爭への徵用のため、身体檢査をうけるが、不合格。つまり徵用失格で一人取り殘された彼は、戰地の友や、その戰爭にとても勝てない日本のために勝利を願うしかなかった。日本が自ら打って出た戰爭について慘澹たる氣持を持ちつづけていた太宰は‘親和’と‘肯定’を目標として孤軍奮鬪することになる。芸術への志向として旺盛な創作活動を試みたのであった。つまり彼にとっての戰爭は創作活動への大きなきっかけになったといえよう。 しかも作品傾向は明るい。その明るさに滿ちた作品などは戰中というイメージとはふさわしくない。するとなぜそのような明るさに滿ちた作品を書くことになったかを考えてみると、それには暗い<初期>から逃れるために勵ましと賴りにしていたし、特に <中期>に熱中であった『聖書』が表れていることが解った。中でも「新郞」は他の作品とは一向変わった雰囲氣のもので、『聖書』に出てくる<新郞>の意味と關係づけて調べてみた。『聖書』での<新郞>はイエスをいう。「新郞をとらるる」という聖書のことばに着眼し、太宰は新郞であるイエスが死を迎えていた時の心情のように、死の覺悟で死まで生き拔こうという志を止まなかったことを窺うことができた。 つまり太平洋戰爭は現實的な日本の姿ではあったが、その現實を乘り越えた彼の創作世界では正に太宰自分自身との戰爭で勝利するために、聖書のイエスの姿であった‘新郞’の姿が必要であったということについて考察してみた。もし太宰に聖書がなかったら彼の芸術は續かないものになってしまうかもしれない。それほど彼の芸術志向に大幅作用されているのが聖書であることは否定できないである。
참고문헌 (9)
- "聖書 新改譯"
- 聖書院, "聖書 NKJV" (2003), 聖書院
- 大修館書店, "大修館國語要覽" (1998), 大修館書店
- 津島美智子, "回想の太宰治"
- "昭和13年∼20年の太宰治をどう讀むか"
- 安藤宏, "太宰治 全作品硏究事典" (1995), 勉誠社
- 安藤宏, "太宰治 弱さを演じるということ" (2002), ちくま新書
- 木村一信, "開戰前後の太宰治「徵用」失格を受けとめる" (2005), 和泉書院
- 笠井秋生, "和泉書院2005" (2005), 和泉書院
