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日本近代文 と言文一致

Japanese Modern Style the Agreement of Spoken and Written Language

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주제분류일본어와문학

초록

Abstract

日韓近代初期文学者たちは、口語体文章を作るために、様々な苦悩を抱えた。坪内逍遥と二葉亭四迷ははっきりとは見えない新しい表現形態の文章をつかむことが出来ず、小説の筆を絶つ決心までしたのである。言文一致は明治20年前後の近代文学を求めての模索・表現苦の時代を経て、明治40年代に、自然主義文学を背景にして不動のものとなり、小説上の口語体文体を確立する。二葉亭と逍遥の計り知れない苦渋は数十年の年月を経てから、やっとその結実を見た。 ここでは五部作の改訂を見ながら言文一致への目論見をみた。改訂版で、「る」形から「た」形への変化は、過去の出来事を対象化しつつ、過去を振り返る言葉を発する現在の時間を隠蔽してしまう。そのため、「三人称」「過去時制」で書かれた小説では、テクストを読んでいる読者も現在の時間を忘れ、物語内部の時間だけを安定した意識で追っていくことが出来る。さらに、主観感情動詞・形容詞を「た」形に変えることで、回顧する主体は安定した時間の流れの中で、変容することなく、作中人物の内面の揺らぎを描くことが出来る。また、主観を表す動詞・形容詞を「た」形に変えることで、義雄の内面の揺れもより客観的に捉えることが出来た。岩野泡鳴は自分の過去を回顧する際に、現実の時間が介入して中に物語世界が変容しないように、「彼」「た」によって、物語世界の客観性を保ったのである。このような不変の神の視点を、改訂において導入することによって、物語世界は現実の時間の中で変容せず、物語の中で安定した時間を保つことが出来たのである。 日本では、言文一致運動を背景にもつ明治20年代には、「だ調二葉亭四迷」・「です調山田美妙」・「であります調嵯峨の屋お室」・「である調尾崎紅葉」と言われたように、文末詞が大いに問題になった。日韓の口語体文章においてそれほどまでに文末詞が問題になるのは、主語を表記しなくても文末詞で語りの主体が分かる伝統的な日本語から、敬語を追放し、様々な文末詞を統一したからである。そのため、言文一致と共に三人称代名詞が登場したのである。口語体文章の完成の結果、日本では、「た」の文語形 「たり」、室町時代以後の完了や存続の時制を表す「つ」「ぬ」「り」、他方、回想や過去の動作を表す「き」「けり」がなくなり、文末詞「る」「た」がその機能を果たすことになる。

참고문헌 (10)

  1. "近代文 發生の史的硏究" (1965)
  2. "自然主義の硏究" (1966)
  3. "言文一致の歷史論考" (1971)
  4. "余が言文一致の由來"
  5. "三人 の發見まで" (1994)
  6. "岩野泡鳴硏究" (1994)
  7. "『初出」『發展』『毒藥を飮む女』『放浪』『斷橋』『憑き物』", 3 (1995), 京都臨川書店
  8. "出來事としての讀むこと" (1996), 東京東京大學出版會
  9. "近代文 形成史料集成 發生編" (1978), 東京櫻楓社
  10. "金東仁評論全集" (1984)

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