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논문KCI 등재

삼교공유사상과 무가전통의 창출 -다테 츠나무라의 정치사상을 소재로서-

The Invention of traditional thought in japan

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주제분류일본어와문학

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Abstract

本稿は十八世紀の日本社會に形成された三敎共有思想を仙台藩政に卽して檢討したものである。特に四代藩主である伊達綱村が晩年に築き上げた三敎共用思想や兩部神道の活用を中世先祖以來の伝統思想として意味付けたところに注目した本稿は、伝統思想に回歸する思想運動がどういう形態で展開され、またどういう特徵を示したかを探り、また1990年代における日本思想史硏究と絡み合わせて纏めてみたものである。  仙台藩主の伊達綱村が遺言として殘した「三敎共用」という政治思想は黑住眞がまとめた「三敎共有論」と極めて類似している。但しその具体的な內容においては大きな相違がみられる。綱村は儒學と仏敎を藩政で積極的に活用しながら政治的な有効性を試した。しかしその結果だけみれば、綱村が財政難をまねいた責任をとる形で隱居することになり、儒學と仏敎は藩主と藩政を守ってくれる守護思想と足り得なかった。そして臨終のまじかで綱村は兩部神道を伊達家の守護思想として規定し、しかも中古以來の武家伝統だという普遍性を强調した。その上に構築されたのが儒學と仏敎と神道をわきまえこなす三敎共用論であった。  その政治思想には確かに儒學者や僧侶達に對する批判的な認識と共に神道に對する幻想が描かれている。けれども綱村が仙台藩政をおこなう藩主の補佐役として推薦した政治師範は黃檗宗の僧侶だった。兩部神道を擁護しながら仏敎僧侶を政治師範とした綱村の三敎共用論は、彼が獨自性を揭げているにもかかわらず、十八世紀の日本社會では現實秩序の追認に過ぎなかった。当時江戶幕府は、三敎がそれぞれ形を異にしているが、勸善懲惡という目的指向で同一であるという三敎共有論を体系化し、共有体制下での思想論爭を嚴しく統制した。言い換えれば仏敎勢力が主導する政治思想界に神仏習合思想の神道と日本儒學がわき役を勤める結果となり、中古以來の伝統思想に縋り付く綱村の思想遍歷もここに由來する。

참고문헌 (4)

  1. "근세일본봉건교학설의 이해" (2001), 한국일본문화학회
  2. "근세일본유학의 위상" (1999), 한국일본사학회
  3. "근세일본 무가정치와 선승역할" (2005), 한국일본문화학회
  4. "伊達成宗家秘書伊達綱村由緖書"

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