横光利一文学における都市-関東大震災を前後にして-
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초록
本稿は、横光利一文学における都市について、関東大震災前の1923年5月発表された「蠅」と大震災1年後の都市を舞台とした「無礼な街」をめぐって考察した論文である。横光の作品は1923年関東大震災をきっかけにしてどのような「自己転換」をなしたか探ってみた。 「蠅」では、真夏、都市(街)へ移動するために田舎の「宿場の空虚な場庭」へ 6人の乗客 が集まった。乗客たちは母子のような親密な家族関係で結ばれてもいるが、金銭的な成功欲、男女の駆け落ちなどで象徴される資本主義と自由恋愛など、いずれも近代的な規範意識ともどこかで向き合っている。田舎の人物たちが馬車の転落のため、都市に着けなかったということは、横光が1923年5月の時点では都市(街)の本質と正式に向かい合っていなかったことを表している。都市という問題に真剣に取り組むには、関東大震災という事件が必要であった。既成の芸術観を破壊して新しい文学を立ち上げるためにも関東大震災が最適の機会となった。震災前の「蠅」が田舎から都市へ移動する途中で無化し、都市まで到っていないのに対して、「無礼な街」はすでに都市に定着している男女が中心人物である。空間的枠としては「祭り」である「街」と「空虚」である「路地裏」が対照を成している。また、「蠅」の田舎の「宿場の空虚な場庭」と都市(街)の「空虚」である「路地裏」が対比的である。都市に来て家族という関係性を失った男女、その理由は経済的窮乏であった。「蠅」で見られる家族関係は関東大震災後の「無礼な街」では解体し、面識ない他人との関係へと転換した。神社に捨て子をした女は、「祭り」がある「街(都市)」で、日本固有の宗教である八幡神社を媒介にして救われ、男は街(都市)を全面肯定し、都市の諸問題に真剣に取り組む力が確保できることになる。ここで、西洋(世界の都会)対日本(世界の田舎)、西洋の科学対日本の神道ないし感受性、東京と宇佐という様々な対抗構図が出来上がる。横光が終生抱えていたテーマであるこれらの対抗構図は関東大震災という災害に遭われてこそ芽生えたといえよう。
참고문헌 (9)
- 光利一, "定本横光利一全集" (1981), 河出書房新社
- 井上謙, "横光利一事典" (2002), おうふう
- 神谷忠孝, "横光利一『蠅』について", 朱果 (1978)
- 川恒男他, "二十世紀の日本文学" (1998), 白地社
- 栗坪良樹, "横光利一・『蠅』と『日輪』の方法-表現者の行程-", 文学 (1984)
- 田口律男, "無礼な街-都市の発見, 横光利一の文学世界" (2006), 翰林書房
- 保昌正夫, "作品に即して, 日輪・春は馬車に乗って" (1981), 岩波文庫
- 脇坂幸雄, "横光利一「蠅」論―日常", 非日常の物語, 1998, pp.2, ~
- 木山谷英紀, "横光利一『無礼な街』試論―新感覚派的表現の必然性―", 日本文芸研究 (1994)
