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미우라 아야코[三浦綾子] 『續氷點』 론

A Study on “Zokuhyouten” by Miura-Ayako

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주제분류일본어와문학

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Abstract

本稿では陽子の罪の意識の問題が本格的に追究される続氷点を対象に、罪の意識を拒否しようとした主人公陽子がどういう過程を経てそれを受け入れ、成長していくのかを考察した。 「氷点」下巻は罪の意識の拒否を意味する陽子の自殺で閉じられた。しかし、生き返った「続氷点」の陽子は自分の出生の真実を知ることにより、再び罪と相対せざるを得なくなる。罪についての陽子の認識はまず他人の罪に向う。自分を含めて、捨てられた子供たちの不幸な現実を罪の結果として見る陽子は罪のもつ加害性を恐れるようになり、産みの母恵子を憎み、責める気持を抱く。とはいっても、夢を通して自分自身にも醜い内面が深層に潜んでいることに気づいたので、憎しみを正当化するわけにもいかない。罪を憎み、人は憎みたくないという一見矛盾するような願望を抱いたまま、陽子は人間の不自由さをつくづく思う。つまり、「続氷点」上巻の陽子像の核心は罪を責める正義と罪を許す愛の葛藤にあるといえよう。 しかし、下巻の陽子は<身代わりになる>ことの崇高な感動を通して、さらに自分の原罪を認識することによって許す自由を得ることになる。夏枝に代わって心から陽子に謝る茅ヶ崎の祖父と石原に伏して父の罪を謝る順子から受けた感動、順子の苦しみの身代わりとなったと思ったことで覚えた不思議な平和、これらの感動に加え、網走の流氷を前に、他人を裁く自己中心の義人意識こそ原罪であると悟った陽子は自分を相対化する存在としてキリストを思い浮かべる。姦淫の罪を犯した女を裁かず、赦すキリストの姿である。そして燃える流氷を見てキリストの十字架を思い出した陽子は、その赦しが罪のない審判者が身代わりの刑をうけ、成し遂げた赦しであることを信じることができ、心に不思議な平和を経験する。そしてついに、「お母さん、許して」をいうために恵子に電話をかけることになる。<身代わり>の極まりであるキリストの贖いこそ、陽子の求めた完璧な赦しであり、また正義と愛の実現であったのである。原罪の実存的な認識、赦しについての論理的な追究、身代わりになるという自己犠牲の愛の感動これら三つが相まって「続氷点」の陽子を生まれ変わらせたのである。

참고문헌 (5)

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