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『枕草子』 ?職の御曹司におはしますころ、西の廂に?章段攷

A Study of “The Snow Mountain” Chapter of Makura no s?shi

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주제분류일본어와문학

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Abstract

本稿は、「職の御曹司におはしますころ、西の廂に」章段に用いられている心情表現を中心として、淸少納言と常陸の介との類似性を見直し、淸少納言がなぜ雪山の賭けに執着するのかを考察するものである。 この章段には、女法師常陸の介のエピソードと、雪山の消長をめぐる中宮定子と淸少納言との攻防などが描かれている。淸少納言は、中宮定子の雪山がいつまで消え残っているのかの質問に「正月の十餘日までは侍りなむ」と答えた後、「ついたち」とでも言えばよいのだったと內心には思うものの、強気の主張を押し通す。のち清少納言の態度は「物ぐるほし」ほど雪山に執着する姿へ變わっていく。その「物ぐるほし」は、中宮定子を中心とした人々に注目されたいという彼女の心情の表れであろう。淸少納言は、雪山の賭けに關して中宮定子に自分の勝利を認められたものの、自らの狀況を「憂し」と表現する。常陸の介に用いられている「心憂し」は、「尼なるかたゐ」も自分と同じ衣を得たことを知った時の發言に含まれている。淸少納言は、「憂き」自分と、「何かは。心憂き事の侍りしかば」とある常陸の介とを、重ね合わせて描き出す。雪山の豫想とそれに伴う淸少納言の固執は、人々の重要な關心事となり、また、「いみじく笑はせたまふ。御前なる人々も笑ふに」․「上も笑はせたまふ」と、帝․中宮定子と女房たちに笑われるものになる。淸少納言は、和歌について「にくみ笑ひて、人の、目も見入れねば」とされる常陸の介と、雪山の豫想のことで人々に孤立される自分との同體を描き出す。 淸少納言は、雪山の賭けに勝利を果たし、自分の存在を示そうとしたが、しかし、その計畵が無馱になってしまい、「いとど憂くつらく、うちも泣きぬべき心地ぞする」とする。常陸の介が自分の存在を示すために雪山を登ったり和歌を詠んだりしたように、淸少納言の雪山への執着は自身の生きる證しを自ら問うものであった。

참고문헌 (5)

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