통리(通理)와 반리(反理): 일본사상의 이중논리
On the Logical Structure of Japanese Thought
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Abstract
「通理と反理」 日本思想は、なぜ生まれながらに矛盾構造なのであろうか?それは、通理と反理という相反する論理、そして通摂と統摂という互いに異なった現象がその歴史の中に混在したままで構造を決定してきたからである。先に言及したように、通理と通摂は日本思想史の底辺で作用する 「非決定論的」論理と現象、すなわちその遺伝的表現型(phénotype)である。たとえば百済の方術と巫祝信仰を幅広く受容した道仏習合型の常世国神話といった民間道教の類型や、数多くの神宮寺の出現、そして神社に装飾された各種の神道曼荼羅の中に作用してきた、習合の通理がそれである。 これに対して統理と統摂とは、日本思想史のまた異った遺伝形質を形づくってきた 「決定論的」論理と現象である。皇祖信仰と皇道が運命的イデオロギーとして日本思想史を決定するたびごとに、日本思想の表現型は、たとえば日本思想が天皇至上主義と皇祖信仰の強迫観念を脱し得なかったように、内外で反理的論理から抜け出すことができなかった。戸頃重基が、戦後の日本思想と宗教が 回避している十種類のもののうち、第一が天皇制であり、二番目が天皇制と関連した国家神道であると主張しているのも同じ理由からである。これは敗戦までの日本思想と哲学が、皇道と護教論が有する統理と統摂から抜け出すことができなかったことを意味する。 こうしてみると、統理と反理とは日本思想史を拘束しているメビウスの帯である。連続的通時態としての日本思想が、相互に矛盾する二重構造(duplex structure)の中に置かれているのも、その螺旋形の帯が、ただ方向が異なるだけで、運命の鎖のように常に絡みついているからである。
