본문 바로가기
KERD
논문KCI 등재

天理敎에서 본 일본의 神國思想

Thought of Japanese Divine Nation as Seen through Tenrikyo

0

조회

0

다운로드

3

인용

0

참고문헌

주제분류철학

참고문헌 (18)

  1. 上村福太, "潮の如く 天理道友社" (1966)
  2. 村上重良安丸良夫 校注, "日本思想系 67 民衆宗の思想 岩波書店" (1971), 東京
  3. 天理道友社, , 1975, ~
  4. 天理大おやさと究所 編, "天理典 天理道友社" (1977), 奈良
  5. 후까야 요시가즈, "이 길의 용어" (1984), 천리교해외포교전도부
  6. 坂本太 編, "世界各史14 日本史 山川出版社" (1986)
  7. 安丸良夫宮路正人 校注, "日本近代思想系 5 宗と家 岩波書店" (1988), 東京
  8. 大谷渡, "天理の史的究 東方出版" (1996), 大阪
  9. 梶山春, "天理と文者 天理やまと文化議" (1997), 奈良
  10. 小透, "神の目め 春秋社" (1997), 東京
  11. 天理義及資料集成部 編著, "稿本 中山眞之亮 天理道友社" (2001)
  12. 天理本部 編纂, "稿本天理祖 天理道友社" (2003)
  13. "19世紀の日本において、派神道各派はさまざまな形態の神思想を展開したが、天理の場合は、少なくともその 原典からは 神の用語や、日本を指して神となす用例は見出しにくい。その代わり おふでさきに頻出する にほんという語が天理における 神のをあらわしている。 おふでさきによれば にほんは からとその根源を同じくするが、現においては にほんは微弱で から は勢であり、 からは にほんの領域に入りんで好き勝手にしている。しかし神はそれを憤り、やがて にほんを助けて からを屈服させ、 からを にほんの領域に入れ、やがてはすべてが にほんとなる。このような にほんと からの係は大まかに言えば、アウグスティヌスの 神のと 地の、あるいはイスラム法における ダルアルイスラム と ダルアルハルブ と同じ思想類型であるといえる。また にほん=神のの大というモチフは みかぐらうたではより直截に、 世界だすけへの志向として歌われている。"
  14. "また おふでさきにみられる、社の下層を指す 谷底と上流層を指す 高山もまた、それぞれ にほんおよび からと同じような係にあることがわかる。 おふでさきには 高山のしんのはしらはとふぢんや、これが大一"
  15. "このような天理における にほんと からの構造には、 からおよび 高山の否定立という契機と、にほんと現の日本の同一視により 世界だすけのためという大義名分のもと日本軍主義の膨脹政策に積極的に同調便する契機とが含まれていた。前者の側面は、天理よりむしろその分派において先的にあらわれたといえる。"
  16. "ところで明治政府は、キリスト流入による日本の社秩序の崩にする防壁として、全面的な社改造に民をわせるカリスマとして、明治維新のを握った討幕派が力基盤の脆弱性を補う大義名分として、あるいはまた西洋諸のキリストにあたる日本の精神的機軸として天皇の威を要請し、それを支える家神道制を構築していった。いわば 天皇を中心とする神の作りを進めていった。それは天理祖の 神のとは明らかに立するものであった。"
  17. "祖自身はえに無理解な家力との決を恐れず、法にする神の優越性を破した。しかしとしては祖のそうした尖的側面をあえて前面に押し出すわけにはいかず、前の天理は天皇制家神道制に組みまれながら家の公認と社的な認知を受け、そうしながら宗的な主性を追求する辛い綱渡りを余儀なくされた。"
  18. "一方、 祖のひながたにうというえのもと、かつては一般の信者の多くが祖に倣って財産を放擲し、地方での共同生活を送りながら布おたすけに邁進した。その彼らの心の支えとなったのは、いわば からを にほんの地にする、つまり世界だすけのえをいて無理解な人を回心させ、最終的には全人類を陽ぐらしの世界に導くという意識であった。こうしてみると、一般の天理信者がを支えつつしゃにむに 神のの大に邁進する一方、本部が天理の社的地位を高めて日本家のや社の反を抑え、信徒への迫害を最大限回避する盾としての役割をったことが、天理を存せしめ、さらには派神道最大のにまで展させた秘訣であったといえよう。"

관련 논문AI추천

이 간행물의 다른 논문 (9건)