17세기 한 조선 지식인의 일본 인식 - 강항의 『간양록』을 중심으로 -
17世紀ある一人の朝鮮知識人の日本認識
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초록
東アジア世界の知的遺産(代表的なものとして、儒教、仏教、道教など)と「知」の系譜は、各地域の知識人の出会いやコミュニケーションが行われた結果である。知識人たちは、それぞれの時代ごとに「時代の精神」を盛り込んだ知識を通じて、各自が暮らしていた地域はもちろん、その他の地域の知識人層と幅広く交流していた。交流のかたちがどのようなものであったのかにもかかわらず、それはコミュニケーションのための交流であった。自分の意志に応じて、自発的に行われる交流の形が正常的なことであるが、他意によって行われた場合も、前近代の東アジアの歴史においては、一つ二つでなく数多くあることであった。その結果、東アジア諸国間の知識人の出会いやコミュニケーションを通じて、変形された状態として新しい知識の文化が発生したのである。そこで、具体的にこの論稿の主題は、他意によって行われた交流の一形態として、戦争捕虜という身分をもって、敵国の知識人との出会いや交流を行っていた、ある一人の朝鮮知識人の敵国認識である。すなわち、「17世紀における朝鮮知識人の日本認識」というテーマのもとで、壬辰倭乱の時、日本軍の捕虜となった、朝鮮の朱子学者であるガンハン(姜沆、1567-1618)の日本認識になるだろう。 特に、日本滞在の経験にもとづいて帰国した後、彼自身の記録した『ガンヤンロク(看羊録)』を中心に、その中に含まれている日本や日本の知識人層に対する認識の様相について検討しようとした。姜沆(ガンハン)は、日本での捕虜生活の中において日本朱子学の開祖と呼ばれる藤原惺窩(1561-1619)との出会いによって、国籍を越えた知的交流を行うことになり、日本国内での朱子学の普及に一定の影響を及ぼす。したがって、この論稿は、このような両国の知識人の出会いやコミュニケーションの軌跡などをリアルな、あるいは立体的に把握し、知識人たちの他者認識と自己認識に焦点を合わせることとする。
참고문헌 (14)
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