통신사 기록을 통하여 본 일본의 설날 풍속 ― 海行摠載를 中心으로 ―
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周知の通り、朝鮮通信使は外交目的で日本を長期に亘り旅行したわけで、彼らの日本および日本文化に對する視線が、今日の硏究者たちのそれとは異なるものであるということは、至極当然である。しかし、通信使一行は、日本滯在中に日本人との接触もかなり制限されていたにも關わらず、外部から觀察が可能な正月行事をはじめとする諸々の民俗事象を、直接あるいは間接的に見聞し、記錄に止めているのである。その記錄が、例え旅行者の視点から記述されているにもかかわらず、民俗學的に価値を持つことは、各地域の文化を垣間見る端緖を提供し、また日本に殘されている文獻でもよく記されていない民俗行事に對する說明もあり、また現行の当該民俗と比較した場合、その変化の樣相を看取できるとう点にある。例えば、日本人が正月に外出を憚ることや、いわゆる名刺受けによる訪問者接待、門礼のような風習、さらには扇子․衣服․紙などを土産として贈答する風俗は、今日の日本では見ることが困難であるということが分かり、逆に門松と注連縄․鏡餅․御節料理․お屠蘇などは、今日なお見られる民俗ということが確認できる。また「年玉」は「現金」に、「惠方參り」は「初もうで」にというように、各々の民俗が持つ意味內容が変化して伝えられているものや、七福神の繪を飾るという行爲をはじめ、現代日本の年末から新年にかけての風物詩ともなっている紅白歌合戰や年賀狀などが新しい風俗だと分かるのも、その記錄があるからである。彼らの日本に對する觀点には、若干、文化優越主義に基づく自己中心的な眼差しが見受けられるものの、その記述內容には、今日の日本では全く忘れ去られた民俗事象も多く散見できる。上述の觀点から言って、朝鮮通信使の記錄は、当時の日本の生活相を理解する上での貴重な史料と位置づけることができるのである。
참고문헌 (4)
- "일본의 설날음식에 관한 연구", 20, pp.227~228 (2001)
- "젓가락 사이로 본 일본문화" (1997), 교보문고
- "한국세시풍속연구", p.134 (1985)
- "통신사 사행록에 나타난 대마도 일본연구", pp.19~20 (2002)
