방랑(放浪)에서 허무(虛無)로 -하야시 후미코(林芙美子)의『뜬구름(浮雲)』중심으로-
From Wandering into Nothingness -with a special reference to Fumiko Hayashi's Ukigumo-
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초록
本稿では『浮雲』に現れる敗戦後の日本人の放浪と虚無感を、主人公幸田ゆき子と富岡謙吾の人生の旅程を通じて考察した。ゆき子は伊庭との情夫生活を整理するためにタラットで行い、日本に帰る時は既婚者の富岡と結婚を約束した関係になった。しかし敗戦で混乱する東京では、二人とも異邦人だった。このような環境に適応するのが難しいと感じた富岡は、ゆき子からの連絡を無視するようになっていった。ゆき子は愛と現実の乖離感に適応できなくてさまよう。富岡は自分の事業がうまくいかなくなり、経済的にも困難をきたすと、両親をまず故郷にむかえ、ゆき子とは心中するために赤穂温泉に行く。しかしそこで居酒屋の主人の夫人であるおせいを意識するようになった後、再び東京に戻る。その後、おせいが富岡を頼って東京に出てくると、夫の向井淸吉が後を追って来ておせいを殺害する。このような過程に自分が深く介入していることを認知して絶望的な逃避行として屋久島へ行くことにする。一人で離れるつもりだったが、ゆき子が伊庭の金を盗み家出したので、伊庭からゆき子を保護するためにともに行くことになる。ゆき子は屋久島に到着するが、長い旅程で病気になり、富岡がいないときに男との愛、特に、富岡との愛で迷った悲劇的な放浪の人生旅程が終わらせる。富岡はおせいの死に世の中の最後まで自分が隠れる場所を探し、ゆき子の死では人生が「浮雲」のように虚しいということを感じる。結局、この作品では戦後の荒涼たる日本に生きている男女の主人公に、死去2年前の芙美子の自分の生の放浪性と死の虚無感を投影していると思う。
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